「ベリーダンサー」Belly dancer P10号
今回はベリーダンサーの制作に取り掛かります。
日本画は、一般的には精緻な描写が特徴だと思いますが、今回は「没骨」技法と言って、輪郭線(骨描き)無しで、動きの表現にチャレンジしてみようと思います。
6月28日
取材
先日の取材の様子
取材の一環です(笑)。
踊ってる瞬間は、衣装細部がよく写りませんので、静止写真も必要になります。
隈取り
薄くアタリの線はトレースしてます。
細部は面相筆、残りは連筆で、勢い良く薄墨から入れて行きます。
様子を見ながら徐々に墨色を濃くしていきます。
いつも通り、明礬を入れてないドーサなので、染み込むところと染み込まないところで斑になってますが、想定内です。
本日の最終段階です。
6月30日
彩色
6月14日に煮詰めて作った膠液、冷蔵庫での保管はいつも通りですが、確かに2週間経過しても劣化は感じられません。
「煮詰めてカビ菌を殺菌すると常温で半年持つ」と「膠を旅する」図録にて上田邦介氏が語っていました。
現実には、膠鍋で溶かした200ccの膠液は、仮に長持ちしても、1ヶ月くらいで使い切ってしまいます(笑)から、制作時の効果よりも、カビ菌を完全殺菌した膠液で描いた作品が、完成後も、後年カビが生えたりするリスクが減るというメリットがあるかもしれません。
使い切るまで、明日以降も継続使用してみます。
膠抜きしておいた過去の制作で余った絵具と、新規に溶く絵具の準備。
明礬を加えない、ただの膠液でのドーサなので、滲み止め効果は不完全です。
塗り始めのこの段階では、膠と岩絵具が和紙の繊維に染み込む感じです。
いったん乾かします。
薄めた膠液を連筆に含ませ、洗います。
かなりの量の岩絵具が、連筆の方に絡め取られてしまいますが、何度も洗っても、しぶとく和紙の繊維に食い込んだ絵具は、後年剥落する事は無いでしょう。
また、和紙の凹凸を埋めるように絵具が入り込む事で、和紙の風合いを生かした下地になります。
今日の最終段階です。
全体に岩絵具で彩色した後、膠液で洗い→乾燥させました。
不安定な絵具は取れ、繊維に食い込み残った絵具と和紙が一体となり固まると、剥落しない頑丈な下地となります。
7月1日
緑青3種類くらいを全体的に塗りました。
洗います。
洗って乾いたところです。
和紙の凹部分に色々な岩絵具が入り込み、隠し味的な色になります。
明礬入のドーサと下地胡粉で、せっかくの和紙の凹凸を埋めてしまうより、僕はこのやり方が気に入ってます。
様々な絵具が斑になって和紙の凹部に入り込んでます。
本日この先、彩色に使う色です。
チェリーピンクは蛍光色です。耐光性に劣るので、谷中得応軒では売られなくなってしまいましたが、蛍光顔料の発色の魅力は代替が効きません。
そこで、下地に思い切り濃く塗って下地とし、
上から耐光性の強い岩絵具の桃色を被せます。
肌は珊瑚末を塗りました。
一番微粒子の白(びゃく)番ですら粗い岩絵具で、筆跡を残さず滑らかに塗るのは難しいです。
この段階ではまるで油絵の粗い筆致のようですが、次の段階で解決されていきます。
下半身の衣装の筆致も、最初から滑らかには塗られてません。
連筆で、肌も衣装も洗います。
粗く乗ってた絵具が取れて、和紙に残った絵具が滑らかな絵肌になります。
僕の描き進め方は、この様に「描いては洗い、また描いては洗う、を繰り返し」です。
掛軸等も手掛ける事が多くなり、薄塗りでも複雑な色彩の重なりを表現する方法として編み出されました。
もっとも最初は、刷毛目や筆跡が気になって、洗ってみたら偶然、良い塩梅になった発見が元です(笑)。
塗って乾いても、洗えば溶けるという天然膠の「良い加減」の接着力が丁度いいんです!
本日の最終段階
7月2日
膠液
2日前に水に浸し、冷蔵庫で保管していた膠です。
今回は鹿膠 2粒=4g
三千本膠 半本=6g
魚膠 6g
を水 200 cc に溶かします。
まずは従来通り湯煎にて溶かします。
煮込んでる間、その場を離れる訳にいきませんので、残り少なくなった前回溶かした膠にて制作しながら、直火に掛けた膠鍋の様子を観察しようと思います。
前回、始めて煮込んで作った膠は、本日で16日目ですが、まだまだ使えそうです。
もっとも、今日これから煮込んで溶かす膠が出来たら、選手交代です!
グツグツ煮込みます。
容積が3分の1くらいになったところで、電熱器のスイッチを切り、予熱が冷めるのを待ちます。
前回から本日まで使ってきた膠の残りを捨て、綺麗に洗った膠鍋に、煮込んだ膠を移します。
このやり方だと、膠鍋が2つ必要ですね。
ちなみに底に焦げがついた膠鍋の方も綺麗に洗えました。
水を足して200ccの容積に還元します。
若干おこげが混じってしまいましたが、これは濾す事で取り除けます。
穴の大きなガーゼでは無く、木綿(綿)の布で濾します。
心なしか前回煮込んで作った膠液よりも透明感が増した気がします。
接着力が弱くならずに透明度だけが上がったとしたら、ますます良いですね。
制作しながら実感で、従来との接着力の違いを試していこうと思います。
焼群青
続いて 天然錆白群緑を焼く工程です。
20分位、コンロで焼いてすっかり焦茶色になりました。
でも、焦茶色は、周りの不純物が焼けた色です。
焼く前の天然錆白群緑と、焼いた後の同絵具。
膠で練り、ぬるま湯を加え撹拌し、しばらく放置すると、比重の軽い不純物が浮き、群青は沈みます。
上澄みだけを捨て、
また、膠で練ってを3度ほど繰り返すと、絵皿に沈んだ焼群青の純度が高まります。
焼く前の絵具の見た目が緑掛かって見えるので、絵具名が「群緑」となってますが、実態は不純物が混じって緑掛かってる「群青」だと思われます。
焼群青を含む絵具で彩色し、ドレスの下は、動きを感じさせるため、水を含んだ連筆でボカします。
新しく溶かした膠液をさらに薄め、今まで乗せた絵具を定着させるためドーサ引きします。
ドーサを引くとき、刷毛目が重ならないよう、ギリギリ隙間を空けて引きます。
刷毛目が重なると、そこの絵具が刷毛(連筆)に持っていかれ、筋がついてしまうからです。
1度目のドーサが乾いたら、画面を180度回転させ、反対側から、1回目の刷毛目とズラして2回目のドーサを引きます。
これで、ここまで重ねた絵具の定着が良くなり、この先の描写や彩色がしやすくなります。
本日の中間段階です。
今日はまだ描き進めますが、写真の数が多くなったので、乾き待ち時間を利用して、本日の投稿をさせて頂きます。
7月3日
今日は別の仕事があり制作出来ませんが、昨日の投稿後に背景を黒くしてみました。
背景を黒くしたので、髪の毛は明るくしようと思います。
7月4日
カラーチェンジ
背景を黒くする事にしたので、髪の毛は明るくします。
先ずは洗って黒い顔料を落とします。
新岩錆黄茶緑11番を髪の毛に塗り、明るくします。
肌や衣装の明るいところには、黄紅 白(びゃく)番を塗ります。
カラリスト(色彩表現にこだわりを持った画家)を自認してる僕は、これまで日本画で黒バックの作品を描いた事がありませんでした。
先輩の日本画家を始め、洋画家も含めた他作家の表現も参考に、今回の作品で初めて黒バックを試してみることにしました。
背景を黒子に徹して貰う変わりに、主役を一点豪華主義とばかり、より華やかな色彩にしていきます。
プラチナ泥
衣装の装飾部分にプラチナ泥(でい)を塗ります。
プラチナは純銀と異なり、後年酸化して黒変する心配がありません。
煮込んで作った膠は、透明感があり、接着力も従来と変わりません。
時間と手間こそ掛かりますが、今後も膠は直火でグツグツ煮込んで溶かす事にしようと思います。
プラチナ泥をアクセサリーに塗ります。
下半身は、プラチナ泥を塗った後、
水を含ませた平筆で流れるようにボカします。
プラチナ泥が乾いたら瑪瑙ベラで擦り、ピカピカ光るように艶を出します。
上半身
躍動表現
下半身は動きを感じさせるようにボカします。
僕が藝大絵画科を志望し、油絵では無く、日本画専攻を選んだ理由は、いくつかの細かな理由から総合的に選択しました。
その細かな選択理由の1つが、絵が好きな父が買い集めていた洋画、日本画の膨大な画集の中で、子供心にもっとも憧れた画家が、日本画家の竹内栖鳳であり、特に感心し憧れた作品が、この「蹴合」でした。
嘴や脚の鱗は硬さを出すためにシャープな描写をしてますが、一方、羽毛は、動感や柔らかさを出すため、スピーディーな筆致で描かれてます。
この筆さばき、質感の自在な描き分け、そして何よりこんなにも動きを感じさせる表現が可能なのか!という、驚き、感動、憧れを持ちました。
小、中学生から現在に至るまで、僕が最も憧れる画家です。
もちろん、まだまだ竹内栖鳳には遠く及びませんが、僕の中では、栖鳳に少しでも近づきたいという願望を持ちつつ、動きを感じさせる絵画へのチャレンジとして今回の作品に取り組みました。
もちろん、美しいベリーダンサーと知り合えた事も幸運なきっかけでした。
背景の黒を更に濃くしました。
この後、手前のペルシャ絨毯の模様をほんのり描いて完成に整えました。
上半身のアップです。
スマホのカメラって、自動的に美肌モードになってしまうのか、少し手ブレした為か、実物はもう少し絵肌や筆跡が感じられます。
下半身。
ショールを引く手や、ドレス下半身は、動感を感じさせるためにボカし表現しました。
「ベリーダンサー」P10号
ほぼ完成です。明日、自然光で色合いを確認してOKでしたら、落款(らっかん=サイン)を入れて完成です。
7月5日
落款
落款(らっかん=サイン)の位置を決めるため、ダミーの印を適当な位置に置いて参考にします。
膠抜きして何度も繰り返し使用してる金泥(きんでい)に、膠を加えます。
溶き下ろします。金泥は水を加えすぎて薄く溶くと発色しないので、加える水は少な目にして膠液のトロ味が残る程度に溶きます。
ダミーの印の上に署名を入れます。
僕の場合、背景まで細かく描写した風景画では、背景描写の邪魔にならないように署名は入れず、印だけを落款とする事も多いです。
今回は、背景が印肉の色と同系色でしかも暗いので、印だけだと視認し難いのと、背景は暗がりにほんのり描いた絨毯で、そもそも描写の見せどころでは無いので署名をはっきり入れてアクセントとしたいと判断しました。
金泥が乾いたら瑪瑙ベラで擦って光らせます。
ダミーの印の位置に印矩(いんく)を当てます。
絵の隣に置いたのは、パネルの厚みと同じ厚みの文庫本です。
印矩を安定させるためです。
印矩の位置が決まったら、ダミーはピンセットで取り除き、印を押しました。
印肉の赤い色が鮮明に着くまで、3度重ねて印を押しました。
印矩を固定する事で、ズレずに2度、3度押す事が可能になります。
共シールにも印を押します。
買い手がついたら作品額縁の裏に貼る、題名と落款を入れたシールです。
額縁の裏面と、額縁の箱、両方に貼るから「共シール」と呼ばれているようですが、額縁の箱はかさばるから処分されるお客様が多いですし、僕も箱より中身が価値あるもので、箱は運送時の梱包材と認識してますので、通常の価格の作品には過剰包装しませんし、箱に共シールも貼りません。
僕にとっては作品表面に入れた落款と共に、額縁裏面にも落款を入れて貼るから「共シール」だと解釈してます。
印肉の油分を吸い取らせる為、天然珊瑚末13番をまぶします。
筆で掃いて珊瑚末をケースに戻します。
この珊瑚末も、筆も繰り返し使い印肉の油分を含むので、印を押した後のケア専用に特化させてます。
筆で掃いた後も、珊瑚末が周辺に着いて掃き切れませんでしたので、水を含ませた連筆で軽く洗い取ります。
ちなみにこの手順は、背景が暗く、珊瑚末との明度差が大きい時のみ必要な仕事で、毎回やる必要は無い仕事です。
これが乾いたら完成です。
「ベリーダンサー」完成しました。
この写真はスマホではなくデジカメで撮影したので、一番実物の印象に近いです。