耳無芳一 Hoichi the Earless

次のHidden Art作品 は「耳無芳一」で2場面を構想。
先日取材の為に増上寺に出掛けたら、本堂でお坊さん達が読経する場面に遭遇しましたが、法事中の撮影禁止の貼り紙がしてありました。
外国人観光客は、構わずスマホで写真を撮ってましたが、マナー知らずの外国人と同じ真似はしたくなかったので撮影は控えました。
本物の僧侶のモデルを募集して、取材をさせていただきました。
素顔のままポーズをとっていただいて、般若心経は作画段階で僕が絵に書き込みます。
やはり本物を観察出来るのが一番です。
ネットで「僧侶画像」で検索すれば、幾らでも写真は拾えるとは思いますが、偽物がはびこる現代だからこそ、画家のこだわりとして出来るだけ作画資料は自分で取材したいのです。
2025年8月27日
取材 僧侶モデル

一場面は芳一さんが貴人の館にて琵琶を弾いているイメージ(明)から、寺男が後をつけて様子を見ると、墓地の中で弾いてる(暗)に変化する場面。
琵琶奏者との面会は後日なので、今回は平家琵琶を弾いてる体を想像してポーズして頂きました。

もう一場面は、全身に般若心経を書いてもらった芳一さんが心の中で経を唱えながら、怨霊の迎えが来るのを待つ場面です。
FBにて知人に繋いで頂いた僧侶の方は、なんと1年前にお会いして親切にして頂いた方でした。
再び巡り合うご縁が定まっていたようです。

最初、両肘を左右に張った合掌ポーズに違和感を感じ、リラックスした合掌ポーズも取ってもらったのがこちらのバージョンです。
でも、最後の晩に怨霊を待つ時には、既に貴人の遣いのお侍では無く、怨霊だという正体を知ってしまったわけですので、緊張しながら必死で祈る様子を表すため、両肘を左右に張ったより真剣な合掌ポーズの方が相応しいと感じました。
やはり、実際のお坊さんにポーズを取ってもらって作画イメージを構想してみて良かったです。

モデルのお坊さんに般若心経を書くのは申し訳ないので、フェイスマッサージや鍼灸の訓練用のシリコン製マスクと耳とをアマゾンで注文しました。
こちらのマスクになら、遠慮無く般若心経を書き込めると思います。
リアリティを出す為の準備は怠りません。
2025年8月28日
取材 川本喜八郎人形ギャラリー

「耳無芳一」2場面のうち、
其壱は、芳一さんが、侍らしい人に連れられて尊い身分の方々の御屋敷にて、平家物語の琵琶を弾き語る場面です。
本日は聴衆である高貴な方々=実は平家の亡者達の作画参考に、渋谷ヒカリエ8階にある川本喜八郎人形ギャラリーに取材に行ってきました。
川本喜八郎さん造形の人形劇キャラクター達が常設展示されてます。

ヒカリエ8階の他のギャラリーはオープン以来何度も訪れていたのに、このギャラリーは有料だと勝手に思い込んでおり、先日までなんと入場無料だった事を知りませんでした。

しかも前回来た時に撮影OKの表示も見つけ、今日はデジカメ持参でガッツリ取材に再訪したというわけでした。

7階からエスカレーターで8階に上がると目の前に「川本喜八郎人形ギャラリー」のショーウインドウが見えるのですが、ここに「入場無料」の表示が無かった為、これまでずっと勝手に有料だと思い込んでいたわけです。

「平家物語」のキャラクター達
左側が平家、右側に源氏のキャラクターが並んでます。
放映当時は藝大の大学院を修了して社会人1年目でしたので、もう、NHKの人形劇を観る習慣が無くなっており、一度も放映を観たことがありませんでした。
真田広之主演の大河ドラマ「太平記」の方は毎週観てましたが。

平家のキャラクター達
「耳無芳一」其壱の場面では、聴衆として彼等を参考に描かせて頂くつもりです。
デジカメでは一体一体を撮影させて頂きました。
あらためて川本喜八郎さんのキャラクター造形の凄さに感心しました。
僕の絵の中ではポーズを少し変えて描くと思いますが、おそらく川本喜八郎キャラクターの影響を強く受けてしまう事は避けられないと思います。
ここにそれを予告し、盗作ではなく、オマージュ、インスパイアだと書き記しておきます。

こちらは「三国志」のキャラクター達
「三国志」放映当時は高校生で実家暮らしでしたので、熱心にNHKの人形劇も観てました。

諸葛亮孔明と呉の周瑜
「三国志」は熱心に視聴してたので懐かしかったです。
僕と同世代で、NHKの人形劇を熱心に視聴されてた方々には特にお勧めのギャラリーです!
渋谷に出掛けられた時は、是非お立ち寄り下さい。
2025年9月7日
人面模型に般若心経

生身のお坊さんにお経を書くのは忍びないので、作画段階でお経を書けばいいやと思ってみましたが、立体に沿ったお経の歪みを確認したくて、鍼灸マッサージ及びメイクアップ訓練用の模型を購入しました。

顔面マスクは両耳の出っ張りが少なく見えたので、耳ツボ鍼灸訓練用の両耳模型も合わせて購入しました。
現代は、こういうマニアックな需要に応える商品もネットで検索出来て便利な世の中になりました。

顔面マスクの裏側に、油性マジックと、水性筆ペンとで試し書きしてみました。
水性の筆ペンは、最初から弾いて塗れてない感触でしたし、

ティッシュで拭いたら完全に取れてしまいました。

この実験は数日前に試してましたので、やはりネットで「油性筆ペン」と検索し、こちらを購入してました。
こちらは書いた後、ティッシュで拭き取ろうと思っても、しっかり定着してます。

写真では薄くてよく見えないと思いますが、般若心経を書くための補助線となる罫線を鉛筆で入れます。

試し書きの紙上で、写経の練習をします。

本を積んで模型を両サイドから挟んで固定しようと思います。

あっ、お経を書き込む前に、目鼻口眉を先に描きました。

模型への般若心経書き込み完成段階。

角度を変えてお見せします。
頭頂部や側面に回り込む立体に沿った文字の確認が出来る様になりました。
耳は確かに描きにくそうですが、そこを飛ばして後から書くと、お経の文章の繋がりが無くなってしまいます。
実際書いてみて、書きやすい場所、多少書きにくい場所がありましたが、お経の順に従って耳を飛ばさずに書くのが自然だと感じました。
和尚さんは自分が養ってる芳一さんが、地位も財力も高い貴人から誘われて自分に無断で弾き語りに行ったことに、嫉妬心や、「恩知らず」という思いを感じ、その邪心からついつい経文の穴を空けてしまったように感じました。
自分は芳一さんの心情に重なります。
僕自身も表現者として、自分の技、作品をより高く評価し、より高い報酬を与えてくださるお金持ちが現れたら、それを喜びます。
芳一さんが高貴な方々から賞賛され、継続して招かれたら、そりゃ〜断らないですよね。
褒美も沢山頂けそうですし、なんなら和尚さんを裏切って、その高貴な方々の専属として雇われたいとも思って不思議じゃないと思います。
僕自身も芳一さんと同じ様に思い行動しそうですので、自分を高く買って下さる方が、実は(怨霊じゃないにしても)反社や、人の倫理に反して儲けてる悪人や会社と見抜いたら、高額な作品の購入を断わる判断力を身につける事が大切だと気をつけます。
自らを律する思いを込めて「耳無芳一」の物語を絵画作品として描こうと思ったというわけです。
2025年10月7日
自分の腕に般若心経

腕から手に掛けて露出した部分の般若心経をセルフタイマー撮影しました。
マスキングテープに般若心経を書き、腕に貼って撮影しました。

モデル協力頂いた僧侶の方の顔や手に般若心経を書くのは忍びないので、ポーズだけをお願いしてました。

先ずは、テーブル上にマスキングテープを貼り、般若心経を書きました。
自分自身の腕に直接般若心経を書けるほど器用ではありませんから。
左腕にならともかく、右腕に左手で書ける自信がありませんし、油性筆ペンで直に腕に書いたら、しばらくの間消えず、世間をぎょっとさせてしまうと思いましたので。
作画の為には準備段階から色々とアイディアを使います。
2025年10月16日
下図制作

ずいぶん前に、埼玉県坂戸市にある石田琵琶工房さんに取材しにお邪魔してました。
現在製作中の琵琶に平家琵琶は無く、薩摩琵琶や筑前琵琶を見せてもらいながら、平家琵琶のそれらとの違いを聞き、メールにて平家琵琶の画像を送って貰ってました。
それを参考に琵琶の下描きから始めます。

暗くなった時に、耳だけが光って浮かび上がらせるつもりです。
モデルをして下さった僧侶の方よりも、耳は大きく描こうと思います。

薄く彩色してバランスを確認してから骨描きを決めていくつもりです。

本日の最終段階。
下図は、本画の絹本に輪郭をトレースする役割がありますので、輪郭線を目立たせるため本画のイメージより薄目の彩色に留めます。
縁側にて怨霊を待つ芳一さんの背景は、「春の影」の場面に使った埼玉県で保存してる古民家をロケしました。
2025年10月17日

鉛筆で般若心経を下書きします。

墨で書きます。
一文字一文字丁寧に書きましたので、気分は写経でした。
本日の仕事は、これにほとんどの労力を使いました。

Hidden Art「耳無芳一 其弍」下図完成
「耳無芳一 其壱」の下図も完成させてから、同時進行で本画を描き進めるつもりです。
2025年10月22日

「耳無芳一」其壱の下図制作に入りました。
明るい時は、芳一さんの脳内のイメージ場面になります。つまり、高貴な方のお屋敷に招かれて、琵琶を弾き語りしてる。と思い込んでる場面です。
Hidden Artの仕掛けとしては、暗転すると、寺男が後をつけて目撃した、墓地で怨霊の火の玉が乱舞する中、芳一さんが一人琵琶を弾き語りしてる場面へと変わるというアイディアです。

少しずつ形にしていきます。
イメージを固めながら描き進める構想段階や下図制作段階では、手探りで描いていきますので、最初から完璧には描けるわけがありません。
僕は、描き慣れたワンパターンの絵を量産してるわけでなく、毎回違ったアイディア、題材にチャレンジしてます。
新作に取り組む時は、この不完全な構想、下図段階から修正を積み重ねていく段階で妥協しない事が大切です。

鉛筆での下描きはだいぶ見えてきました。

墨で骨描きし、鉛筆でのためらい線を消して、いったん形を整理して見やすくします。
これに水彩で色をつけると、さらに各キャラクターが区別され、比較検討しやすくなります。

下図最終段階です。
あくまでも、先ず形にしてみた初期段階ですので、不完全な部分は色々あります。
それらをこれから修正しながら下図制作を進めていきます。
2025年10月23日
PCにて構図の修正

PCに取り込んだ昨夜までの下図画像です。
手前の芳一さんのサイズと、奥の聴衆のサイズとが、大小二段階の遠近法になってます。
手前の聴衆を拡大して、一番手前の芳一さんから、最後列の聴衆までの遠近法を滑らかに直したいと思いました。

こちらが修正後になります。
聴衆の大きさを、前列になるほど拡大したのと、例えば左前列の烏帽子の男を拡大する事によって、その後ろの女官をさらに左に寄せて、烏帽子と顔が重ならないよう、各人の位置調整もしました。
また、左から4人目の女官は、袖で顔全体を覆わせてみました。

上に重ねた修正後のレイヤーを半透明にして、修正前と修正後の違いをお見せします。
Hidden Art での、表の絵柄と隠し絵の絵柄の重なりも、このように下図段階でPC上にて位置調整をシュミレーションしながら綿密に作成してます。

上が昨夜まで描き進めた下図です。
下は、PCの画像加工ソフトにて修正し、プリントアウトしたものです。
上下を交互に見比べると、下の方が安定感が増したのを感じてもらえると思います。

プリンターで出力したものは、その上に絵具を乗せると滲んだり、紙が波打ったりしてしまいますので、そのまま加筆出来ません。
構図的にも、隠し絵にて怨霊の火の玉を乱舞させたい空のスペースを増やしたいと思ったので、P10号サイズからF10号サイズに変更し、
さらに贅沢にも(既に新作のために既に水張り済で用意してあった)雲肌麻紙にトレースし、こちらで下図を描き直そうと思います。
昨夜まで水彩にて描き進めましたが、本画の完成イメージを掴むためには、下図段階で日本画の顔料で描き進めたほうが良いと判断しました。
和服の絹の光沢感には特殊な絵具も試してみたいと思いましたので、絹本での本画制作の前に、和紙にて彩色実験もしてみようと考えました。

たぶん、5〜6年前に、描こうと思って既に水張りしてたのに、コロナ騒動と、その後のHidden Art 表現の発明により、従来までの日本画制作を取りやめたため、雲肌麻紙を水張りしたパネルだけが、ずっと放置されてたのだと思います。
案の定、少し風邪を引いて(ドーサが抜ける穴が空くこと)ましたが、上から二度ドーサを引き直し、明日以降の制作に備えて本日の仕事は終了しました。
2025年10月24日
雲肌麻紙にて下図制作

昨日、PCの画像加工ソフトにて最初の下図を修正し、構図も空を広く取りたくなったので、画面サイズをP10号からF10号に変更して、下図も水彩ではなく、日本画の顔料を使って描いてみようと考え、下図段階から贅沢にも雲肌麻紙に描き直すことにしました。

2025年10月26日

聴衆の隈取りと着物の柄等を骨描きしました。

ブリリアントローズとガンボージとを混ぜて画面全体に塗りました。

背景には本藍と群青棒とを塗り、床にはクチナシとクルミとの煮汁を塗りました。
背景には暗転させた時、裏彩色の蓄光顔料で怨霊の火の玉を乱舞させるつもりですので、表の絵でもあまり濃くは塗らないつもりです。
2025年10月27日

聴衆の着物を彩色します。

絹の光沢を出す為、玉虫色に光る絵具を塗ります。

膠液で洗い、塗り厚を整えます。

明礬入りのドーサを引いて下地を固めます。

透明感のある染料系絵具で、再び着物の彩色。
本日はここまで。
2025年10月30日

着物の柄を、下図なので金墨汁で描きます。
本画では純金泥を使うつもりです。

墨汁やクルミの煮汁で全体の調子を整えます。

「耳無芳一」其壱 下図完成です。

「耳無芳一」其弐 下図です。
本日、藝大同期で三味線奏者の友人の仲介で、平家琵琶奏者の方と会わせて頂く予定です。
これらの下図の最終チェックをして頂き、確定したら、いよいよ本画制作に移ります。
2025年11月1日
下図の修正

二日前に平家琵琶奏者の日吉章吾さんに演奏時の背中側を観察させて頂き、芳一さんの姿勢を直すことにしました。
糊として膠液を塗り、

裏打ち用の石州紙を貼ります。

こちらも同様に石州紙を貼りました。

膠が乾いたら平家琵琶の周りを、面相筆に含ませた水で湿らせ、

破いて食い裂きを作ります。
「食い裂き」とは、刃物で鋭角に断ち切るのではなく、和紙の裂け目の繊維にて、下の紙と上から貼った紙との段差を馴染ませる方法です。
食い裂き部分には、貼った紙の内側から外側に向かって平筆にてドーサ液を塗り、下の紙と接着します。

石州紙は薄くて透けるので、修正したい場所には象牙を塗ります。

象牙を塗り終わったところです。

こちらも、平家琵琶のネックと、手の向きを直したいので、象牙を塗りました。
2枚ともこれが完全に乾いたら、明礬を溶かしたドーサを引いて、明日以降の修正描写が滲まない下地を固めておこうと思います。

さて、高校の先輩の 多田 美佳子 さんから、
「尽」が旧字だと「盡」なはずだと、ご指摘を受けましので、最初に参考にした般若心経(上)が、そもそも新しいものだったと気づき、ネットで、もっと古い時代の般若心経画像を探しました(下)。
修正箇所は、一箇所どころではありませんでした。

というわけで、こんな感じになりました。

父が趣味で絵が好きでしたので、子供の頃から父が集めた画集は沢山見られる環境で育ちました。
僕が国内外の数ある画家の中から一番憧れた画家が、日本画家の竹内栖鳳です。
藝大受験を油画専攻ではなく、日本画専攻に決めた理由の一つに、竹内栖鳳に憧れた事も大きいです。

「アレ夕立に」の掲載ページには、下図の上に紙を貼って修正してる写真も載ってます。
本画制作で、一筆一筆、躊躇わず描写するためには、下図段階で納得ゆくまで修正する事が大切だという事を、憧れの先人から学びました。
ちなみにこのアサヒグラフは実家から持ってきたものではなく、神田古書街にて自分で購入したものです。
2025年11月3日

平家琵琶奏者 日吉章吾さんに、演奏姿勢の前後を見せてもらいました。
薦田治子先生も、普段は羽織袴の下の足の組み方を見られる機会は貴重だと仰りながら、右足はお父さん座り、左足はお母さん座りだと解説してくださいました。
長時間の演奏にはキツイ姿勢だと日吉さんも仰ってました。

日吉さんの後ろ姿を参考に、芳一さんの姿勢を直し、平家琵琶のネックも短くし、四絃だったのに、糸巻きを間違って五本描いていたのも四本に直しました。

こちらも顔と手に書かれた般若心経を旧字に直し、平家琵琶の細部も直しました。

修正前(上)と、修正後(下)です。
一番違いが分かりやすいのが、バチの取っ手を覆手の下の穴に挿し込んだ、昔の平家琵琶運送時はおそらくそうしただろうという、薦田治子先生の考証を採り入れた部分です。
たぶん運送時には、もっと覆手に隠れるまで深く挿し込んだと思いますが、それだとバチが完全に隠れて見えなくなるので、浅めに挿し込んでみました。

日吉さんと平家琵琶です。
バチを弦の間に差し込む方法も試して貰ったところです。
弦は絹糸を、昔は防虫のため鬱金で黄色く染めていたそうです。絵を包む黄袋の歴史と同様です。
手前に平家琵琶を置いて撮影すると、遠近法で平家琵琶が大きく見えます。

なので、下図の手前に置いた琵琶も小さく感じたので、PC上にて琵琶を拡大しました。
バチを本体に装着したので、画面の横幅一杯に拡大する事が可能になりました。
本画にトレースする時は、琵琶だけPCにて拡大プリントアウトしたものを使おうと思います。
弦が黄色い色だと本画にトレースする時、見えにくいので下図では黒で描きました。

般若心経の漢字を旧字に直した部分の拡大写真です。
2025年11月4日

本画制作用の絵絹を木枠に貼ります。
隠し絵用下図制作

隠し絵用の下図は、薄くて透ける裏打ち用の石州紙に描こうと思います。
明礬入りのドーサを引いて滲み止めします。

タオルハンガーの上に置いて乾燥を早めます。

石州紙は薄いので、水張りすると紙が縮む時裂けてしまうかもしれないと思い、水で湿らせずに伸ばし、パネル側面にマスキングテープで貼りました。
其壱の表の絵を透かし見ながら、隠し絵の下図をこの上に描いていくつもりです。
隠し絵の大まかなイメージは既に頭の中にありますが、具体的に描写していくためには、また新たな産みの苦しみがあります。
目に見える進展があるまで数日お待ち下さい。

谷中得応軒で絹本を買い、東博の裏にある東京文化財研究所に向かって平家琵琶取材をする前に、寛永寺の谷中墓地に寄って日没後の墓地の様子を見てきました。
隠し絵の雰囲気だけでもイメージを掴むためです。
写真右奥、樹木越しに光る塔はスカイツリーです。
2025年11月5日
其壱隠し絵下図を、自分の予想に反して二晩で仕上げてしまいました。

昨夜の投稿後、頭が冴えて全然眠れなかったので、PCにて表の絵から隠し絵への変化をシミュレーションしてみました。
実際の紙の上での、あーでもない、こーでもないという作画工程と違って、PCの画像処理ソフトでのシミュレーション、やり直しがしやすいので、サクサク進みました。

午前中は寝て、午後に起きて、先ず絹本へのドーサ引きをします。
いつものように、縦方向がより縮むのを見越してわざと皺だらけに張っているのを

ドーサを引くと、みるみる縦糸がピーンと張ります。

PC上にてシュミレーションした下図を参考に色を重ねていきます。
前景の草むらを墨で描いた後、火の玉や怨霊の魂が浮遊する様子から彩色していきます。

Hidden Art「耳無芳一」其壱 隠し絵下図完成です。
墓石から透けて見える聴衆達は、本画ではほとんど見えなくするつもりです。
ちなみに墓石、墓標を立てる風習は明治維新以降らしく、江戸時代までは、ただ埋葬するだけだった様ですが、そこはフィクションとして現代人が一目で墓場だと分かりやすい表現とします。
2025年11月6日
下図の加筆と修正
本日は、いよいよ本画への骨描きトレースをするつもりで墨を擦りましたが、またまた悪戯心か閃いてしまいました!

「平家蟹」という甲羅に人面を背負った蟹がいます。
平家の怨念が乗り移ったかのようで、この名前がつけられたそうです。
小泉八雲が書き記した怪談の中の「耳無芳一の話」でも、序章にてこの「平家蟹」が紹介されてます。

これを隠し絵の手前に配置して、光って平家蟹も現れる悪戯を仕掛けようと思いつきました。
構想、取材、下図制作という準備段階を、じっくり時間を掛けて練り上げ、積み重ねてから、本画に移る工程を経てるからこそ、その間に色々なアイディアが浮かび盛り込むことが出来てるのだと思います。

其弐の下図も、本画にトレースする前に、もう一度じっくり吟味しました。
平家琵琶を拡大したため、パース(遠近法)の辻褄を合わせる必要があると気づきました。
一般人なら、ほとんど気づかないパースの狂いに気づけるのは、画業一本に絞る前は、30年間に渡って藝大受験の指導者をしてきた経験の賜物だと自覚してます。

石州紙を貼って修正しました。
本日の制作は、これだけでしたが、本画制作に移ってからの修正は出来ませんから、拙速にならぬよう、念入りに下図を完璧にしていきます。
コスパ、タイパとは真逆の信念です。
僕は作品一点ずつ、全て歴史に残る名作にしようと思って精魂込めて制作してます。
2025年11月7日

相変わらず真夜中の方が頭が冴えてます。
またまた不適切な間違いに気づき、下図に修正を加えました。
背景に掛かってる掛軸の文字を現地に相応しい文字に差し替えました。
昔は「壇ノ浦」を「檀浦」と表記してたのですね。
しかも「檀」の漢字も旧書体でした。

背景の取材地は、さいたま市の重要文化財として保存してる「旧坂東家住宅見沼くらしっく館」でした。
リアリティを出す為に、実際の内装をそのまま描き写したのですが、「坂東太郎」は関東一の河川として、利根川を指す言葉です。
下関壇ノ浦のお寺に掛けてある掛軸としては地域的に不適切な名称です。
しかも僕は、「坂」を「板」と書き間違えてました。

ところがどっこい、なんと坂東家に掛けられていた掛軸の「坂東」も「阪東」と書き間違いされてました。
こりゃ〜大発見かもしれません。
いやいや、待てよ?
坂東太郎が間違いで、歴史的には阪東太郎が正解だったかもしれません。
明治維新後、京都御所から皇居が江戸城跡に移されて、東の京→「東京」となったように、太閤秀吉公が政権を握った時、徳川家康公が駿河、三河の領地から、関東へ左遷させられたのをきっかけに、東の大阪というつもりで、関東の事を阪東と呼ぶ様になったかもしれません。
そうすると阪東一の河川に阪東太郎と命名するのが自然だと推察されます。
我ながら歴史学者としての才能もあるかもしれない。
2025年11月9日
本画トレース

其弐 本画へのトレース開始。
下図を絹本を張った本画木枠の裏にはめ込んで、表側から透けて見える輪郭線をなぞって骨描きし始めましたが、暗さが似てるところは、あまり明瞭に輪郭線が見えません。
いったん下図を外し、輪郭線の不明瞭なところを石州紙に描き起こします。

再び絹本の裏に下図をはめ込んで骨描きトレースを再開します。

芳一さんを一番後回しにして、縁側と室内の骨描きを先行させました。

本日の最終段階です。
芳一さんの骨描きと隈取りの段階に進んだ状態です。
2025年11月10日
昼夜逆転 本画彩色

完全に昼夜逆転し始めてます。
真夜中に彩色し始めました。
幸い、前日の墨での骨描きや隈取りが流れる事はなく、今回は絹本へのドーサがしっかり効いてるのが確認出来ました。
ガンボージを塗ります。

ブリリアントローズライトを塗ります。

その他、棒絵具の染料で彩色を進め、この先は昼間寝て、乾いたら翌晩続きの描写に入ります。
2025年11月11日

墨を擦って、濃淡三段階の墨汁を用意します。
短くなった墨はホルダーに挟みます。
墨は、毎回、その日使う分を新しく擦ります。
日を置くと溶けた膠分が腐って接着力が弱くなるからです。
市販の墨汁は液体の状態で腐らない様にしてるため、防腐剤が入ってます。
市販の墨汁に負けない濃墨まで擦るには一時間以上擦り続けます。

濃墨にて般若心経を書き始めます。
左側の行から書くことで、乾ききっていない字を手で擦る事を防ぎます。
書家ではなく、画家ですので無作法はご容赦願います。

お経を書き終わりました。

顔、手のアップです。
お経が完全に乾いた翌日以降に、顔の陰影をつけていこうと思います。

墨にて顔、手以外の調子を整えましたが、法衣は全体に黒くし過ぎました。
せっかく長時間掛けて擦った濃墨でしたので、ついつい使い過ぎてしまいました。
幸い、今回は耳と平家琵琶だけが蓄光顔料で浮かび上がり、それ以外は完全な闇にしますから、法衣はこの後、不透明な岩絵具を重ねてちょうど良い濃淡に修正していくつもりです。

本日も、先ずは表の絵の彩色からスタートします。
左端のブリリアントローズライトだけが顔料で、あとは、クルミとクチナシの煮汁、ガンボージ(樹脂)、棒絵具(染料を膠で固めたもの)等の染料系絵具です。
耳と琵琶以外は真っ暗闇にするので、光を遮る顔料系絵具を使っても良いのですが、彩色序盤は、下図を透かし見ながら彩色を進めますので、透明感のある染料系絵具を選んでるという訳です。

肌色に陰影と色味の変化を加えます。

顔、手のアップ

弦は、定規を当てて、尖らせた水彩色鉛筆の白で下描きします。

天然象牙色と、新しく筆下ろしした面相筆、これにハッカ油を一滴混ぜると、弾かれずに絵具を乗せることが出来ます。

線は縦に引くのが一番描きやすいので、画面を横にして描きます。

胴体の方も、自分が描きやすい向きに画面を回転させながら弦を描いていきます。
下図では、弦は墨で描きましたが、それは絹本を透かして見たときに視認しやすくするためでした。
本画では、本日やってる象牙色による下地からスタートし、その後、蓄光顔料による表彩色を予定してます。

覆手の拡大写真も参考にしながら、弦の結び目部分もリアルに描きます。

畳の目も、下図では透けて見えやすくするため墨で描き、本画では、先ず縦に象牙色で列を描き、

その後、横にイグサの編み目を描いていきます。
細部まで細かく描きこみます。
江戸時代の春画が藝術作品として高い評価を受けてるのも、隅々までの超絶細密描写が格調の高さを支えているからだと思います。
現代は、話題性先行で芸術が評価される傾向がありますが、僕は真に藝術的価値があるのは、卓越した技術に裏打ちされた美しいものだという信念を持ってますので、手を抜かずにさらなる技術向上を心掛けてます。

表彩色、一段落。
蓄光顔料による裏彩色

裏にひっくり返して、緑色に光る蓄光顔料で、耳と平家琵琶とを裏彩色します。

そのまま、裏側から発光具合を確認します。

縁側の縁にも蓄光顔料を塗りました。
表側にひっくり返したところ。

表側にひっくり返し、アトリエの照明を消して見た状態です。
琵琶が置かれてる縁側の手前はもう少し明るく光らせようと考えてますが、基本的な見え方としては、これが完成イメージになります。
Hidden Art 開発史上初、最も蓄光顔料の使用量が少ない隠し絵にする予定です。
2025年11月13日

裏にはめてた下図を外して、本画だけの発色を見ると色が浅いのが分かります。
顔色が悪く、法衣もそこまで真っ黒くありませんでした。
ここまでは染料系絵具中心に描き進めてきましたが、ここから先は顔料も併用して完成に向けようと思います。

芳一さんの裏に象牙色を塗り、縁側には蓄光顔料を塗ります。

裏彩色をすることで、発色がしっかりしました。

縁側始め、他も、もう少し明るく光らせ、いきなり耳と琵琶だけが光って見える唐突感のバランスを調整しようと思います。
隠し絵のバランスは、実際に描いて暗闇で確認してみないと分かりませんね。
引き続き昼夜逆転の日々が続きそうです。
2025年11月14日

完全な闇と、光った耳と琵琶との対比だと、唐突感が否めないと感じましたので、縁側、画面の左右、耳の周囲に、蓄光顔料3色の中では一番輝度の劣る、群青色に光る蓄光顔料をほんのり塗り重ねてみました。

耳の周囲は、蓄光顔料を塗ったら、乾き切る前に水を含ませた平筆で周囲にぼかします。

室内も岩絵具にて裏彩色し、表の絵の発色をしっかり支えます。

法衣が墨で濃く描き過ぎて、夏衣の透け感が失われてしまいましたので、あらためて顔料の黒色で濃淡表現をしていこうと思います。
左から天然電気石13番、天然岩黒13番、準天然紫黒
右側の紫黒が一番黒く、左の電気石がやや明るい黒色なので、とりあえず一番明るい電気石で法衣をいったん明るくしようと思います。

電気石を塗り重ねたものの、あまり明るくなりませんでした。

いったん電気石を洗い、乾いたら、明日以降、もっと明るいグレーにて再チャレンジしていこうと思います。

完全に乾いた現状です。

縁側はかなり明るく、木目もハッキリ見えるようになってきましたので、琵琶の唐突感は無くなりました。
画面左右は、肉眼だとぼんやり明るく見えますが、写真ではほとんど闇のままです。
でも、左右に関しては、それくらい微妙な方が良いので、これ以上は光らせません。

顔のアップです。
裏彩色で象牙色を塗ったおかげで全体に明るくなりましたが、最終的にはまた染料系絵具や墨で陰影のメリハリをつけていくつもりです。

耳の周囲に塗った群青色の蓄光顔料は輝度が弱いです。
もう少し耳の周囲も、ぼぅ〜っと光る様にしていきたいと思います。
こういう輝度の濃淡の匙加減こそが、手彩色による丁寧な工程でしか成し得ない表現だという自信と誇りを持ってます。
大量生産出来ないレベルを極める事が、藝術家の生き残り戦術だと信じてます。
2025年11月18日

先日の取材でお世話になった平家琵琶研究者の薦田治子先生企画で、日吉章吾さんも演奏される義太夫節演奏会に行ってきました。
演奏の合間に平家琵琶から義太夫への歴史と、琵琶と三味線の共通点、相違点も実演付きで解説があり、とても興味深く勉強になりました。
もちろん生の平家琵琶弾き語りを見聞出来たのは収獲大でした!

ここ2、3日描き加えるか、加えないか迷ってましたが、新たな要素を描き加える事に決断しました。
表側からその蓄光顔料の加筆が充分光って見えるように、裏彩色の一角を洗いました。

芳一さんを迎えに来た怨霊の火の玉を加筆します。

翌日も裏彩色の蓄光顔料を重ねます。

まだ途中ですが、隠し絵の仕上がりは、大体こんな感じに仕上がります。
怨霊の火の玉を描き加える事は、説明的かなとも思い、あえて描かない初志貫徹にするか、迷いましたが、やはり画面上部が1対の耳だけという、間の広さに耐え切れず、画面構成のバランスを取るために火の玉を配置する事にしました。
2025年11月20日
其壱 本画制作開始

其壱も本画制作開始しました。
下図を裏から透かし見て、本画の絹本にトレースしていきます。
日吉章吾さんの平家琵琶演奏会を実際に見た記憶を元に、
芳一さんの演奏姿勢は本画にトレースする時、また気持ち微調整しました。

本画への墨による骨描き、隈取り完了。

下図をはめた状態で、ブリリアントローズライトとガンボージとを混ぜた色を一塗りします。

下図を外し、白タオルを透かし見て二塗り目をします。
白タオルを下に敷くことで、本画単独での色の濃淡が確認出来ます。

ティッシュでこよりを作り、炎部分を乾き切らないうちに拭います。

いったん乾かした後、ドーサ液にて余分な絵具を洗うと共に、画面に残った絵具の定着を安定させます。

其弐の方は、方解末にて裏彩色の仕上げをします。
これが乾いたら明礬入りのドーサを引いて、軸装する時の裏打ち紙の接着が長期安定する下地とする予定です。
2025年11月22日

群青棒、クルミとクチナシとの煮汁、ガンボージの染料系絵具で表の絵の彩色をしていきます。

表側の彩色は、いったんここまでで一段落。

隠し絵下図を左右反転させてプリントアウトした紙を表側から貼り、蓄光顔料の裏彩色で、火の玉や浮遊する怨霊の魂を描いていきます。

アトリエの照明を消して裏側から発光具合を確認します。

其壱と並行して、其弐も描き進めます。
本日は弦を蓄光顔料で表側から彩色します。
マスキングテープを細く切って貼り、弦の部分をスリットにします。
こうすると平筆で塗って、乾いた後、マスキングテープを剥がせば、弦だけ細く蓄光顔料を乗せることが出来るはずです。

仕上げは面相筆の筆先で、一本一本、塗っては乾かしを繰り返し、蓄光顔料を充分発光する濃度まで塗り重ねます。

まだ未完成ですが、この段階で、明るい状態と、暗くした状態とを確認してみようと思います。

日没後の19時くらいでしたので、アトリエの照明全てを消しましたが、近所の小学校グラウンドのナイター照明など、外の街灯の明かりが入り込み、薄っすらと芳一さんの姿が見えてしまってます。
実際にご鑑賞頂く時は、この様な消えゆく途中段階が一番ゾクゾクすると思います。

アトリエの遮光カーテンを閉めて、外光を遮断すると芳一さんは完全に闇に溶けます。
肉眼では、わずかに画面の左右もほんのり明るく見えます。
琵琶の弦は表側から蓄光顔料で彩色したので、琵琶本体よりもひときわ明るく見えるようになりました。
ピンと張った弦が、心理的な緊張感の演出効果に役立つと思います。

琵琶本体もろとも、ガンボージを塗り重ね、鬱金で染色された絹糸の弦が再現出来ました。
琵琶本体の色もいったん黄色く染まってしまいましたが、この後、本体の色調を整えました。
2025年11月23日
箔押し 銀箔

平家琵琶には、銀の満月または三日月がはめられてます。
なのでここの部分には銀箔を押そうと思います。
今夜は箔押しの為の下準備、捨てドーサを引こうと思います。
マスキングテープを貼って鉛筆で楕円の輪郭をなぞり

カッターマット上で、アートナイフでくり抜きます。
展覧会開催中の高円寺秘宝館から帰って来たばかりですので、アソコの稚拙な落書きの様に見えます。

再びマスキングテープを画面に貼って、明礬入りのドーサを引きます。
其壱の制作と交互に進め、乾かしては塗り重ねを、四度ほど引きました。

四度目を塗った直後です。
彩色した顔料で絹本の編み目を埋め、今晩引き重ねた捨てドーサによって、凹凸の無い滑らかな膜が形成されました。
明日この上に銀箔を押そうと思います。

こちらも浮遊する怨霊の魂の彩色を、塗っては乾かしを繰り返し、滑らかにぼかして表現しました。
粒子の粗い蓄光顔料の濃淡を滑らかに彩色する為には、一気に塗ろうとせずに、数日間掛けて、少しずつ塗り重ねる工程が必要です。
2025年11月24日

アカシ紙に付いて、細長く切ってあった銀箔が保存してありました。
少し酸化して焼けてましたが、どうせ焼くので、この切れっ端を押しました。
其弐の方は今日の仕事はこれだけです。

金、銀箔を保存してる箱に、それぞれの箔を押してあります。
押したのは約30年前で、酸化を防ぐ止めドーサは引いてませんので、銀箔の方はすっかり黒くなってます。
平家琵琶にはめ込まれた銀製の月のレリーフも、いぶし銀ですが、薦田治子先生の推測では、もしかしたら最初からいぶし銀ではなく、長年のうちに黒く酸化したのかもしれないとの事でした。
なので、僕の作中でも、真っ暗になるまでは酸化させず、軽く変色させるのに止めようかなと考えてます。

其壱の方は蓄光顔料による裏彩色を進めてます。
平家蟹も描き加えました。
企業秘密の彩色テクニックも使ってる工程ですので、今回、蓄光顔料による裏彩色の工程は非公開とさせて頂きます
2025年11月28日

二日前、押した銀箔を焼こうとしました。

六一〇ハップ(ムトーハップ)という入浴剤には硫黄分が含まれてて、日本画作家や銀製アクセサリー職人の間では、いぶし銀加工の為の定番でした。
ところが10年ぶりに使おうと思ったら、キャップを閉めてましたが水分が全て蒸発して結晶化してました。

水をボトルに入れてシェイクしましたが、硫黄の粉は溶けません。
ダメ元で、これを塗ってみました。

塗って2日間経ったら多少焼けてましたが、任意の焼き加減になるまで待ってられません。

六一〇ハップが結晶化してたのを確認してドラッグストアに探しに行きましたが見当たりませんでした。
ネット検索したら、もう製造停止されてましたので、代替品を探しAmazonで注文しておきました。

本日届きましたので、代替品の「湯の素」を塗ってみます。

塗った直後です。

3時間経過頃。

6時間経過頃です。
よし、ここまでにしよう。

先ず、筆に水を含ませて表面の硫黄を洗い、ティッシュを当てて吸い取ります。

明礬入りのドーサを引いて乾かす。
これを4~5回繰り返して銀箔の表面をコーティングし、これ以上は酸化が進まない様にする予定です。
これは一塗り目をした直後の写真です。
2025年11月29日

マスキングテープを剥がします。
其弐 細部の仕上げ

下図では描いていなかった琵琶本体の木目を描きます。

遠目にはほとんど見えない描写です。
でも、たぶん見えるか見えないかの描写がサブリミナル効果でリアリティを出すと思います。

「耳無芳一」其弐(明) ほぼ完成です。
明日、表裏両面に仕上げのドーサを引き、落款を入れて完成です。
2025年11月30日

昨日、ほぼ完成と投稿しましたが、もっと完成度を高めようと思いました。
弦の太さに明らかな違いを感じさせる為、手前の弦の両サイドを墨で塗ることで細く見せました。
つい塗り過ぎて弦が途切れてしまったところは次の手順にてリカバリーします。

鉢面の革の質感を蓄光顔料の点描で描きます。
薦田治子先生によると、当初「鮫肌」が使われてると見られてたそうですし、石田琵琶工房のブログでは、「エイの革」で平家琵琶を仕上げたという記事がありました。
薦田先生のこれまでの研究では、特に革の材質とする動物に決まりは見られないそうで、ここに絵が描かれたものも存在しますが、鮫肌の質感に似せる場合は、型押しで細かな鱗を再現してるケースが多いとの事でした。
つまり実用的な材質感というより、装飾的に鮫肌の質感が平家琵琶の様式とされたものと推察されます。
今回、石田琵琶工房、薦田先生、平家琵琶奏者の日吉章吾さんらから、詳しく取材させて頂きましたので、平家琵琶を造る職人さんの拘りの気持ちに寄り添って、細部の質感描写に、より拘ってみました。
弦が途切れてしまった部分も蓄光顔料で細く描き起こして復活させました。

リアルな平家琵琶に仕上がったのではないかと思います。
石田琵琶工房、薦田先生、日吉章吾さん等にメールで画像を送り、最終検証してもらおうと思います。

最後に表側から、軟靭膠素(なんじんこうそ)だけを溶かしたドーサを引きます。
軟靭膠素は固体の状態でもグミの様に柔らかいので、丸めたり拡げたりを繰り返す掛軸から、蓄光顔料の剥落を防ぐ為の柔軟性を持った接着剤として最適だと判断しました。

裏側からも、同じく軟靭膠素だけのドーサ液に、明礬も加えたものを引きます。
貪欲に糊分を吸い取る性質のある蓄光顔料に、もうこれ以上糊分を吸い取る余地が無いほど膠液を吸い取らせた上で、明礬にて完全に表面を固め、表装する時の裏打紙が剥がれない様にする為の処理です。

完成しましたが、落款は平家琵琶関係者達からのお墨付きが得られてから入れようと思います。

密かに同時進行で裏彩色を進めている「其壱」の方も、ある程度裏から蓄光顔料の層が塗り重なったので、いったん表側からも軟靭膠素のドーサを引きます。
2025年12月2日
其壱 表彩色

其壱 表側の彩色を進めました。
2025年12月3日

下図制作で実験済でしたが、絹織物の衣装の光沢を出す為に光る絵具で下地を塗ろうと思います。
左は玉虫色に光るラピスサンライト。
右は金に似たゴールドアフレアです。

ラピスサンライトとゴールドアフレアを塗った直後です。

ドーサで洗い、余分を落とし、残った絵具の定着を安定させます。

本日の最終段階です。
再び染料系絵具で衣装を彩色し、墨で陰影の調子をつけました。

密かに描き進めていた蓄光顔料による裏彩色は、この様に現れます。
2025年12月5日

昨日、画廊巡りの途中、谷中得応軒に寄り、金泥一袋(正味0.4g)を買いました。
金相場の値上がりが凄いです。
2年前は一袋7,000円くらいだったはずが、昨日は2倍の14,500円まで値上がりしてました。
これまでは二袋ずつ買い足してきてましたが、今回は一袋しか買えませんでした。

これまで膠液で練り上げ、お湯で溶いて使用し、
使用後は熱湯を注ぎ撹拌して、金粉が皿の底にすっかり沈んだのを見計らって、上澄みの膠液を捨てるのを繰り返し使用してきた金泥専用の絵皿に、新たに0.4gの金泥を加えます。

膠液を加え、膠抜きしてあった金泥と新たに加えた金泥とを一緒に練り上げます。
この後、お湯を加えて撹拌し、上澄みを捨てて、新品の金泥に含まれてたアクを抜き、電熱器の上で絵皿を加熱し水分を飛ばして「焼き付け」をしてから、もう一度膠液を加えて練り直す作業もします。
毎度毎度の工程なので、今回の投稿ではその工程は割愛します。

金泥で着物の柄を描写し、乾いたら瑪瑙ベラで擦って光らせました。
光る様子は実物の作品をご覧頂かないを分かりません。

こちらも同様。
本日はここまで。
2025年12月8日

法衣の濃淡を岩絵具で彩色しようと思います。

奥の聴衆の黒色は墨の濃淡で表現し、手前の芳一さんの法衣は墨の黒色よりも強い岩絵具で彩色し、遠近感を表現します。

ドーサにて洗い、岩絵具の定着を落ち着かせます。

弦は蓄光顔料による表彩色で細く描き、

ガンボージを上から被せ、鬱金で染めた絹糸に見せます。

理髪店みたいですが、肩をマスキングして、周りに蓄光顔料を塗ります。

乾いた後、水を含ませた平筆で洗い、両肩の周りに塗った蓄光顔料を洗って暈します。
完成画像(暗)をご覧頂くと、芳一さんの両肩の周りに薄っすら蓄光顔料を光らせる事によって、芳一さんの身体がシルエットとして視認しやすくなったのがお分かりいただけると思います。

燭台の光のマスキングはコンパスで円を書き、アートナイフで丸く切り取ります。

聴衆の上にもマスキングテープを貼り、鉛筆で輪郭を取り、いったん剥がし、カッターマットの上で切って貼り直そうと思います。
背景の筆むらが気になるので、マスキングしてから、もう一塗り群青棒を溶いた染料で塗り被せようと思います。

連筆で一息に塗り被せる事で、筆むらを目立たなくします。
マスキングしたのは、この手順のためでした。

最後に、乾燥後、固体に戻った状態でもグミの様に柔らかい軟靭膠素を薄めたドーサを引いて、これまで塗った絵具の層に柔軟性を与えます。

乾いたら、画面を180°回転させ、反対側からも軟靭膠素を薄めたドーサを引きます。
貪欲に膠分を吸い取る蓄光顔料に充分な膠分を与え飽和状態にさせつつ、与える膠分は柔軟性に優れた軟靭膠素だけにする事で、今後掛軸として丸めたり開いたりを繰り返しても絵具が、ひび割れたり剥落しない様にする訳です。
制作を重ねる事で、素材の特性に応じた適切な扱い方も分かってきます。

落款を入れる場所を、ダミーの紙を置いて検討します。

金泥の署名は乾燥後、瑪瑙ベラで擦ってピカピカに光らせます。
床の色と同系色なので、絵柄の邪魔をせず、でも、ちょっと光って署名をアピールします。

其弐の方も、落款を入れる場所を検討します。
目立たないように、署名の金泥は黄土色の上に、印の朱は赤紫色の上に乗せるのがベストと判断しました。

こちらも、光を反射する角度で見ると署名が光って見えますが、通常のスポットライトの当たり方であれば、同系色に紛れて絵の邪魔にはなりません。

裏彩色の平家蟹と、表彩色の弦が、暗転した時にどう見えるか、細部の拘りをご覧下さい↓

完成




2025年12月10日
軸装

木枠から剥がし、表具店へ持っていく状態に切り揃えました。
木枠への接着部分を保護してたマスキングテープを剥がし、四隅を留めていた画鋲も抜きます。

水を含ませた連筆で木枠との接着部分を湿らせ、糊を溶かします。

剥がしてタオルの上で糊代が乾くのを待ってから、直角を測りながら糊代部分を裁ち落とします。
表具店の社長と連絡を取り合って、来週軸装の相談と注文を受け付けて貰う日時を予約しました。
2025年12月16日

マスミさんでの表具例のファイルから。
この様なスタイルで、上下の一文字と、天に二本の留め風帯を付けるデザインで表装してもらいます。

天地、左右の柱と、周りのほとんどの面積を占める裂地を選び、本紙上下に挟む一文字の裂地をあれこれ取り替えながら選んでいきます。



いったん、これで決定と成りかけましたが、メインの裂地が高額なものである事に気づきました!

似た配色で、最初に選んだ裂地よりは安価な裂地に取り替えました。
一文字の柄が似た組み合わせになってしまいましたので、再び別なものに取り替えて見比べていきます。



こちらの流水紋との組み合わせにして決定しました。
配色の組み合わせイメージが固まった後も、柄の種類や大きさで、相性の良し悪しが変わってきます。
マスミ東京さんの豊富な裂地の品揃えがあるからこそ、最適な裂地の組み合わせを実際に置き替え、見比べて選ぶ事が可能です。

Hidden Art「耳無芳一」其弐の最終決定。
左下に軸先も選んで置きました。

其壱の方も、暗転させた時は夜の墓地の場面になりますが、表装はギャップを演出するため、あえて明るい裂地で囲むことにしました。
最初は本紙との間に濃い色の一文字を挟んで締めようと思いましたが、

マスミ東京社長さんが、色は似てるけど、光沢を変えるこの組み合わせをご提案され、こちらの組み合わせがベストだと思いました。
其壱の方は平家の方々の着物が色数豊かなので、表装の裂地の色同士の対比は穏やかにした方が、絵の華やかさを引き立てると聞き、なるほどその通りだと納得しました。

